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街角に記した足跡

arts氏は出張修理が得意です。

なにしろ、電装の会社にいた頃から、出張修理専門で働いていたのですから。

 

しかしながら、出張修理とはなかなか大変なものがあり、

限られた時間や場所、持ち合わせた道具と部材で、

季節、天候、場所時間に左右されることなく、

確実に作業を終わらせなければならないのです。

 

限られた時間と場所とは、例えば、荷物を配送中のトラックのエンジンがかからなくなり、

道路で立ち往生している場合であり、

持ち合わせた道具と部材とは、この場合言うと、

手回り道具の他、新しい交換用のバッテリー(トラック用なので、130とか150クラスのもの)を2個、

ジャンプ用バッテリーも2個、スターターとオルタネーター各種、メインリレーやスターターブロックリレー、

バッテリーターミナル、大きめの圧着端子、バッテリー線、ブロックヒューズ等、

なくてはならない、また考えられるものすべてを用意していなければなりません。

 

季節、天候、場所、時間とは、そのままのごとく、春夏秋冬、灼熱の太陽、雨、雪、風、吹雪、

朝昼晩に夜中、道路の真ん中から、作業スペースの限られたところ、

とにかく早く、確実に、たとえ直らなくても応急でなんとか直してくれと、無理難題を言われ、

どこでもいつでも、なんとかしなくてはなりませんでした。

 

その緊張感は、言葉では表すことができないほどですが、

経験したものだけが知りえる、貴重な経験となっていきます。

 

そんなことを長くつづけていたものですから、ちょっとやそっとのことでは、

簡単には動じず、また、札幌市内や近郊周辺の地理や街の状況等は、

それはもう、いつでもタクシードライバーになれるんじゃないかというほどに熟知しています。

 

最近でこそ、arts氏は、緊急案件はやってはいませんが、

相変わらず、出張での作業は昔とそれほどかわりがないようです。

 

そのarts氏、市内各所のいろいろなところで、足跡を残してきていたことに気がつきます。

 

国道12号線の菊水周辺、市内中心部へ向かう側での、

とある場所で信号待ちで自動車を止めました。

なにげに左側をの建物を眺めてみます。

 

そこは、かつて勤めていた電装の会社の白石支店なる場所で、

現在は別の会社の建物になっていますが、建物の外観はさほど変わらず、

当時の様子をそのまま残していました。

 

12号線側に面した、1階の窓(当時は電装品のオーバーホール等を行なう工場だった)から、

誰かが、外を覗きこんでいます。

 

おや、?! とarts氏、その人と目があってしまいました。

薄汚れた作業着(オーバーホール)を着て、表情のない、

しかしながら目は遠くを眺めている様子で

arts氏のことなんか、気にもしていません。

というより、arts氏のことなんか、目に入っていない様子。

 

彼は、何を眺めていたのだろうか、その先に見えるものはなんなのだろうか、

表情はとても暗く、でも何かを探しているような、そんな表情に見えたのです。

 

あっ!、

 

そうです、彼は、当時のarts氏、その人だったのです。

 

あのころは、こうやってよく外を眺めていたっけ。

今の、目の前にある仕事のその先に、

何があるんだろうかと、

 

漠然とした不安と期待が入り混じった感情が、

いつも頭の中を駆け巡らせながら、

いつも遠くを眺めていたっけ。

 

あの頃は、何が見えていたのだろう、

表情は暗いまま、

でも、何かを探し当てる目、

 

いつも、あんな表情をしていたのか。

 

そうだ、そうだったね、

その先が何も見えないまま、

漠然としたまま、直感を信じて、

その先に飛び出していったんだったよね。

 

でも、大丈夫!

今、こうして、なんとかやってるよ。

昔から変わらず、そう、なにもかわっていない、

 

相変わらず、電装の仕事をしているんだよ、

自分でね。

 

これから先、相当大変だと思うけど、

自分を信じてごらん。

 

それしかないんだから。

 

窓の向こうの自分に、そう語りかけたarts氏。

どうか、今言ったことが、彼に届きますように、

そう思った瞬間、

 

窓の向こうにいる彼は、一瞬表情が明るくなった、ように、

arts氏は見えたのです。

 

ブッ!、ブーブー!

自動車のクラクションが鳴りました。

 

おっと!、

 

信号はもう、青に変わっていたのです。

どうやら、後続の自動車からのようです。

 

がんばって!、

また、会えたらいいね。

 

arts氏は、そう思いながら、

彼に別れを告げ、自動車を走らせて生きました。

 

そんな、街角の景色の中のあちこちに、

arts氏の、そのとき時の自分がいます。

 

街中を走り回りながらの仕事も悪くないな、

そう思いながら、

彼らに言葉を掛けながら、

 

さて、この先には、何があるんだろうね。

 

目の前にある、忙しい仕事をこなしながら、

思いつづけます。

 

そうか!、

もしかしたら、この先の自分が、

今も、声を掛けてくれているのかも、

今、この場所で。

 

突然、気持ちが明るくなることってありますね。

それは、もしかしたら、

この先にいる、自分自身が語りかけているに違いありません。

大丈夫!って、知らせてくれているのです。

 

自分の思ったとおりに、自分を信じて、

それしかないのだから、と。

 

街角にある、足跡をめぐって、少しずつ少しずつ、歩き続けて、

気づかせられながら。